世界メンタルヘルスデー特別企画「こころと映画の1週間」について 【チケットのご予約はこちらから】
2026年09月11日(金)
映画を観ることから、こころについて考えてみる。
「こころと映画の1週間」では、心の傷、家族、震災、生きることなどをテーマにした4作品を上映します。
各作品の上映後には、映画関係者。精神科医や臨床心理学の専門家によるアフタートークも予定しております!
※登壇者・詳細は決まり次第お知らせします。
映画を通して、それぞれの作品が描く「こころ」に触れ、自分自身や誰かのこころについて考える1週間です。
上映スケジュール・会場・作品概要をご確認のうえ、ご希望の作品・日時をお選びください。
チケットのお申し込みは、ページ下部の予約フォームよりお願いいたします。
日時:10月12日(月)〜10月18日(日)
会場:河二ホール(河二ガレージビル8F) →📍 会場の地図・アクセスはこちら
開場:各上映開始時間の30分前
🎥上映作品
「心の傷を癒すということ」
阪神・淡路大震災をきっかけに、被災者の「心のケア」の重要性が広く認識されるようになりました。本作は、被災者の心のケアに奔走した精神科医・安克昌氏の著書を原案とするNHKドラマの劇場版。震災後、被災者の声に耳を傾け、心の傷に寄り添い続けた医師の姿を通して、災害と心のケアの原点を描きます。
2020年製作/116分/G/日本
配給:ギャガ
「港に灯がともる」

阪神・淡路大震災の翌月、神戸に生まれた在日韓国人3世の灯(あかり)。家族から聞かされる震災の記憶と自身のルーツとの間で葛藤を抱え、やがて双極性障害を発症する。
コロナ禍を経て、家族との関係や自分自身と向き合いながら回復と希望を求めて歩み始める12年間を描く。
2025年製作/119分/G/日本
配給:太秦
「生きて、生きて、生きろ。」
東日本大震災と福島第一原発事故から13年。福島では、遅れて現れるPTSDや自殺、児童虐待など、こころの問題が今なお続いている。相馬市の精神科医・蟻塚亮二医師と、
地域を訪問する米倉一磨さんは、苦しみを抱える人々の声に耳を傾け、寄り添い続ける。喪失と絶望のなかに、小さな希望を見つけていく人々の姿を描くドキュメンタリー。
2024年製作/113分/G/日本
配給:日本電波ニュース社
「父と家族とわたしのこと」

戦争による心の傷は、世代を超えて受け継がれることがある。帰還兵のPTSDを背景に、父や母から虐待を受け、自らも家族との関係に苦しむ3人を取材。彼らの「生きづらさ」をたどる中で、戦争に従軍した父や祖父の存在が浮かび上がる。受け継がれた痛みと向き合う人々の姿を見つめたドキュメンタリー。
2026年製作/127分/G/日本
配給:日本電波ニュース社
上映会のご案内
2026年09月02日(水)
上映会のお知らせです。
🎬作品: 『お終活3 幸春!人生メモリーズ』
日時: 9月20日(日) 場所:京都府京都府丹後文化会館
詳細は、こちらのページをご確認ください👇
https://tangobunkakaikan.jp/?p=1303
🎬作品: 『侍タイムスリッパー』
日時:9月21日(月) 場所:亀岡運動公園(保津川映画祭)
詳細は、こちらのページをご確認ください👇
🎬作品: 『五十年目の俺たちの旅』
日時:9月23日(水) 場所:京都府中丹文化会館
詳細は、こちらのページをご確認ください👇
事務所移転のお知らせ
2025年08月19日(火)
いつもお世話になりまして有難うございます。
弊社、2025年9月1日(月)に、事務所を移転することとなりました。
新しい事務所の住所は、下記になります。
〒612-8417
京都市伏見区竹田向代町川町107番地
ウイングヒルズ京都南 南4号室
[近鉄京都線『上鳥羽口』駅より徒歩2分
地下鉄烏丸線『くいな橋』駅より徒歩9分です。]
※電話、FAX、メールアドレスは変更ありません。
電話 075-256-1707
FAX 075-255-1905
メールアドレス info@kyoto-eiga.co.jp
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
地球温暖化の深刻さを描く「デイ・アフター・トゥモロー」
2024年08月05日(月)
地球温暖化が叫ばれているにもかかわらず、今年の冬は例年になく寒いです。そんな天候が続くと思いだすのが「デイ・アフター・トゥモロー」という映画。
公開してから9年が経過した2013年8月に、精華町の環境団体が主催で上映依頼がありました。映画の内容をよく知らずに当日上映し、ついつい見入ってしまいました。
冒頭、南極基地で地層調査をやっていて突然棚氷が裂けて、主人公が危うく命を落としそうになるシーンから始まります。地球温暖化は加速度を増しています。一転、今度はインドのニューデリーで開かれている国連の環境会議に参加し、温暖化によって地球は氷河期を迎える、ということを歴史的、学術的に語るのですが、参加者の多くは一顧だにしません。外は雪が降っているにもかかわらずです。
彼の説は、温暖化によって北極や南極の棚氷が解け、グリーンランドの氷床が解けて海に流れていくと、海水温が下がり、真水が加わることで塩分濃度が変化して海流の流れが変わり、異常気象が起こるといった内容でした。そのあたりの説は正確には記憶していませんが、温暖化が進んできている今日、日本でも百年に一度といった規模の豪雨が頻繁に起こり、竜巻や豪雪がよく発生するなど、この映画の中で言われていることが現実味を帯びて来ているところが不気味です。映画の時間的な制約がありますので、あれもこれもが急激に発生していきますが、あながち荒唐無稽とばかりは言えないリアルさを持った作品です。
オペラにハマる人続出?!「椿姫」
2024年08月05日(月)
オペラ発祥の地イタリアを中心として、ヨーロッパではオペラそのものを題材にした映画が少なからずあります。それは日本に例えていえば、歌舞伎、浄瑠璃の「忠臣蔵」が映画化されることに似ているかもしれません。共に大衆文化として誕生しながら、現代では共に敷居の高い印象を持たれているのではないでしょうか。
そんなオペラを扱った映画をシネオペラ・シリーズとして上映しないか、と声をかけられ2006年4月からスタートさせました。まず、会場問題です。演劇の上演や、文楽の京都公演をやっていたこと、席数も程よくスクリーンを大きくしても見やすいという点で府立文化芸術会館に決めました。次にどの作品からスタートさせようかと、3本ぐらいの提案を受けます。その中で目に付いたのは「椿姫」でした。タイトルは知っているけど内容はよく知らないという程度でした。ただ、ゼフィレッリ監督ということで、学生時代に見た「ブラザー・サン シスター・ムーン」(72年)などの監督でその演出力には定評がありましたので、第1弾として決めました。
主演は、三大テノールの一人プラシド・ドミンゴとソプラノ歌手テレサ・ストラタス、全く知りませんでした。詳細が決まり告知を始めだすと、問い合わせの電話が鳴り始め、自分が知らなかっただけだということを思い知らされた次第。当日は435人が参加、「オペラのとりこになりそう」という感想を述べて帰っていく人が何人もいました。何事も先入観を捨てると人生の楽しみは広がります。
高畑勲監督の名作「セロ弾きのゴーシュ」
2024年08月05日(月)
今は亡き高畑勲監督の実力が、少なくはないですがまだ一部のファンの間で知られていた頃の作品。「セロ弾きのゴーシュ」はオープロダクションという一下請けプロダクションが5年の歳月をかけて自主制作し、当時は幻の名画でした。83年2月に京都会館第2ホールで初公開しました。真冬の寒いなか、会場前は長蛇の列。2回上映しましたがともに満席でした。公開を待ちこがれた思いがあふれる上映会でした。
原作を見事に生かしながらも、変えるところは大胆です。主人公のゴーシュを青年にしました。指揮者がゴーシュに向かって、「君には表情というものがまるでできてない」と指摘しますが、〈表情〉とはどんなものかを問い返す勇気もなく、しょげかえってしまい悔しい気持ちを飲み込んでしまいます。夜ごと登場する猫やカッコウに対しては思いっきり怒りの感情をチェロの演奏でぶつけ、タヌキとネズミの親子には楽しくそして優しく気持ちを込めて演奏します。内気で劣等感のかたまりのようなゴーシュが、知らず知らずのうちに自分と音楽の〈表情〉を獲得していきます。その姿が実に説得力豊かに描かれています。原作に出てくる第6交響曲を、ベートーベンの第6交響曲「田園」に見立て、オーケストラの演奏曲はもちろんのこと、BGMとしてもこの曲で統一しているところなど、映画の内容とマッチングしていて見事としか言いようがありません。 夏の仕事で野外上映の折にこの作品を薦め映写してきました。ちょっとした至福の時間です。
言葉のパワーを感じられる作品「父と暮せば」
2024年08月05日(月)
言わずと知れた井上ひさしの戯曲を黒木和夫監督が映画化。広島の原爆投下から3年が経過した夏のできごとです。
主人公の美津江(宮沢りえ)は、原爆で友人や父親を失い一人生き残ったことを後ろめたく思っています。と同時に、原爆投下時の遺物を回収している青年(浅野忠信)と出会い、ひそかな恋心を抱いています。そんな彼女は「うちは幸せになってはいけんのじゃ」と「幸せになりたい」という二つの気持ちのせめぎあいを背負っています。そんな娘が心配で、死んでも死にきれない父親(原田芳雄)が幽霊として現れます。父は「恋の応援団長」を自認しています。
井上ひさしの真骨頂は言葉へのこだわりです。この作品も二人がその日のできごとを広島弁でやり取りしますが、その言葉が実に美しく生き生きとしています。8月6日の朝、美津江が体験したできごとが語られます。友人の母親から、「うちの子じゃのうて、あんたが生きとるんはなんでですか」という言葉を投げかけられたこと、そして父が建物の下敷きになったが助け出せなかったことに話が及んだ時、「わしの分まで生きてちょんだいよ!お前はわしに生かされとるんじゃ!お前の図書館もそれを伝えるためにあるのと違うか?そっがいにアホたれやったら、他に代わりを出してくれや!わしの孫じゃ!ひ孫じゃ!」と必死に訴えます。美津江の頑なさがようやく溶け、悲しみを乗り越えて未来に目を向けて生きていくのでした。言葉の力があふれた作品です。
モンタージュの代表作「戦艦ポチョムキン」
2024年08月05日(月)
「カメラを止めるな」(2018年)や「1917」(2019年)で試みられた、1台のカメラが切り替えることなく続けて写し撮っていく〈ワンシーン・ワンカット〉という映画があります。その対極にあるカットの連続で、編集作業によって喜怒哀楽を表現する〈モンタージュ理論〉、その代表格の映画が「戦艦ポチョムキン」です。
言わずと知れたエイゼンシュテイン監督の映画史上に残る名作です。映画にはまっていた学生の頃、この「ポチョムキン」を見たくて仕方がなかったのですが、なかなか出会えません。いろんな映画の本を読んだり、シナリオまで読みながらどんな映画かをイメージしていました。1973年3月春休みで埼玉県に帰省していた時に新宿文化劇場で、「十月」との二本立て上映を発見!朝一番から2回ずつ見て大満足したことを思い出します。
冒頭ポチョムキン号の乗組員への待遇のひどさ加減が描かれ、彼らの不満がシチュー鍋が煮えたぎっているシーンで表現されているところなど、全編モンタージュの連続です。有名な6分間のオデッサ階段のシーンでは、27歳の監督の〈ロシア革命〉との出会いの熱(あつ)さと、モンタージュという〈映画表現の革命〉に取り組む青年監督のほとばしる情熱が、一気呵成に畳みかけるように見るものに迫ってきます。私も手を握りしめながら、気持ちが高揚し思わずこみあげてくるほど感動しました。ラスト、向かってくる戦艦が敵か味方かという緊張感も「ウラ―!!」の声で大団円、映画を大好きになった瞬間です。
竹内の映画紹介「おくりびと」
2024年08月05日(月)
2008年9月に公開されて、その年の内に配給元の松竹と09年1月からホールでの上映ができるという契約を結びました。そしてまったく予期していなかったことですが、2月にアカデミー賞外国語映画賞を受賞してからが大変でした。上映するたびに会場は一杯の人で埋め尽くされ、動員人数の記録を塗り替えていきました。
主人公はチェリスト、やっと入れた楽団がいきなり解散して失職し、やむなく故郷に戻るという設定が見事です。クラシックの演奏をやっている人ってどんな人だろうって、ある程度イメージが広がります。真面目だろうな、器用で繊細そしてちょっと世間知らずかな…。そのイメージのままを本木雅弘が体現していくところが一番の魅力です。
彼の再就職先は納棺師。湯かんをして清めることは知っていましたが、さらに衣服の着せ替えやメイクを施したうえで納棺するという職業です。死というと不浄なもの、不吉なものとして忌み嫌われがちな常識を覆していきます。心を込めて丁寧に、しかも滞ることなく流れるように行われる死出の旅支度は、芸術家をめざしていた主人公の美意識も手伝って、見事で感動的です。
主人公が、ベテランの佐々木社長(山崎努)から多くのことを学びながら、様々な死や別れと向き合ううちに人間として成長していく物語の構成が見事です。そしてラストで、女と家を出ていった実の父親を自分で納棺したことで、それまで抱えていた恨みやらを乗り越えていくという、実に考えつくされたシナリオです。
日々の大切さを教わった作品「あん」
2024年08月05日(月)
徳江(樹木希林)はどら焼きの粒あんを作る仕事がしたくて桜並木の片隅にある「どら春」の店長にお願いします。店長(永瀬正敏)は「案外きつい仕事なんです」と取り合いません。再び徳江はやって来てあんを置いていきます。そのあんのおいしいこと、店長は徳江に来てもらうことにします。
徳江のあん作りはユニークです。朝の4時から仕込み、「小豆がせっかく畑から来てくれたんだから」「いきなり煮たら失礼でしょ」「おもてなしだから」「湯気の香りが変わってきた」と実にやさしく、丁寧にそして大事に扱うのです。そしてでき上がりを食べた店長が「初めて丸ごとどら焼きを食べました」と徳江に白状してしまうほどでした。あん作りの場面では音楽は無く、小豆が洗われたり煮込まれたりする音が、見る者には小豆の言葉のように聞こえてきます。
行列ができる店になりましたが、徳江の指が曲がっていて不自由なことで「ライ病患者ではないのか」という噂が立ち、客足はあっという間に引いてしまいます。徳江は風の知らせで店長に手紙を書き、店長は徳江のいる療養所を訪ねます。2回目の訪問時に徳江は亡くなっていて、カセットテープに彼女の声が残っていました。「私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきました。だとすれば何かになれなくても私たちには生きる意味があるのよ」と。人生の大半を隔離され外に出ることもかなわず過ごしてきた徳江の言葉を聞きながら、一日一日を大事に丁寧に生きようと思いました。




















